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大覚寺 |
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大覚寺縁起
大覚寺の正式名称は「旧嵯峨御所大覚寺門跡」といい、真言宗大覚寺派の本山で、心経写経の道場・いけばな嵯峨御流の総司所でもあります。
門跡寺院とは、天皇または皇族が住職に就かれた寺院のことです。遠く平安の昔、嵯峨天皇の離宮嵯峨院が建立され、弘法大師(空海)も幾度も立ち寄られました。その後、嵯峨天皇の皇女正子内親王(淳和天皇皇后)が清和天皇に上奏して大覚寺に改め、嵯峨天皇の孫にあたる桓寂法親王が初代の住職に就かれました。南北朝時代には南朝の御所となり、ここで争いに終止符を打つ講和会議が開かれました。また、現在では、近畿三十六不動尊霊場の第十三番札所として、全国から参拝者が訪れます。
五大堂
嵯峨天皇が天下泰平・五穀豊穣を祈念して建てられたもので、現在のお堂は江戸時代(天明年間)に再建されました。五大明王をお祀りしている心経の本山、大覚寺の本堂です。
御影堂(心経前殿)
嵯峨天皇・後宇多法皇・桓寂法親王・秘鍵大師(弘法大師)の尊像をお祀りしています。
正宸殿
十二室もある桃山時代の書院造りで、各室に狩野山楽、渡辺始興など日本を代表する画家たちの絵が飾られています。上段の間は後宇多法皇が院政を執られたところで、僧侶であった法皇が御冠を傍らに置かれたところから「御冠の間」と呼ばれています。
式台玄関
江戸時代の建造で、玄関正面を飾る「松ニ山鳥図」は狩野永徳筆とされ、大きな松に山鳥のつがいが描かれています。
大沢池(庭湖)
境内の東に位置し、嵯峨天皇の離宮・嵯峨院の庭池で、周囲1キロの日本最古の庭苑池です。中国の「洞庭湖」を模して造られたところから庭湖とも呼ばれ、池には天神島、菊が島と庭湖石があり、このニ島一石の配置は華道嵯峨御流の基本形に通じています。池の畔には茶室「望雲亭」、心経宝塔、石仏、名古曽の滝跡があり国指定の名勝地になっています。
宸殿
江戸時代(延宝年間)に後水尾天皇より下賜された寝殿造りの建物。前庭には古式正しく「左近の梅、右近の橘」が配され、部屋の襖には狩野山楽筆の「牡丹図」「紅白梅図」をはじめ、桃山時代を代表する金碧画が飾られています。
勅封心経殿
嵯峨天皇をはじめ、六天皇の心経が奉祀されています。現在のお堂は、大正十四年に再建されたものです。 |
| 大覚寺パンフレットより |
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