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大仙院 |
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| 大徳寺大仙院 〒603-8231 京都市北区紫野大徳寺町54-1 075 491 8346 大仙院ホームページ Yahoo!Maps |
| 拝観料\400- (9時〜4時30分まで) 駐車場コインパーキング利用 |
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大仙院は永正6年(1509)に大徳寺76世住職大聖国師と古岳宗陳禅師によって創建されました。
古岳宗陳和尚は、後柏原天皇や一条房冬、三条公兄らの公家、六角貞頼、小原定保らの武家の帰依を受け、大永2年(1522)に後柏原天皇から仏心正統禅師の名を賜り、天文5年(1536)には後奈良天皇から正法大聖国師の号を請けておられます。
大仙院では開祖古岳宗亘禅師のあと、大林宗套、笑嶺宗訴、春屋宗園、古渓宗陳といった名僧が続きました。
また大仙院は、茶の湯を大成された利休居士が,生前から親しく詣られたところとして有名です。
利休居士を中心とする茶人の系譜からは、歴代和尚がたと密接なつながりがあったことがわかります。
大仙院には、室町時代随一といわれる庭園、方丈建築、襖絵など、高い評価を受けている貴重な文化財があります。
襖絵は相阿弥、狩野元信、狩野之信といった室町時代の巨匠が手がけた作品で、室町時代の雰囲気を今日まで見事に伝承しています。
三世古渓宗陳和尚は、豊臣秀吉が醍醐の三宝院に庭園を築くに当たって、大聖国師作庭の枯山水庭園の庭石を没収しようとした時、身を投じて防がれたという逸話があります。
沢庵漬けで広く知られた七世沢庵宗彭和尚は、紫衣事件で徳川幕府に抗弁した人であり、また書院「拾雲軒」で宮本武蔵に剣の極意を授けたともいわれています。
このように大仙院の歴代和尚方には、多くの意気の推進者が居られます。
大仙院方丈(国宝)
日本最古の「床の間」と「玄関」を持つ室町時代の方丈建築。
枯山水庭園(特別名勝史跡)
蓬莱山から落ちる滝、堰を切って大海に流れ込む水をすべて砂で表し、宝船や長寿の鶴亀を岩組で表した開祖古岳宗亘禅師による室町時代の代表的な枯山水庭園。
襖絵(重要文化財)
室町期の名作障壁画で、フランスのルーブル美術館にも出展された相阿弥の山水画、狩野元信の花鳥図、狩野之信の四季耕作図などがあります。 |
| 大仙院パンフレットより |
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